2012-03-28

ブコウスキーとゲンスブール(2)

ヘンリー・チャールズ・ブコウスキー・ジュニア(親しい仲間からは「ハンク」と呼ばれている)は1920年8月16日、ドイツのライン河のほとりにあるアンデルナッハという街で生まれる。母はドイツ人、父はアメリカ軍人で、父ヘンリー・ブコウスキー・シニアが兵役でアンデルナッハに駐留していたときに、その地に住む母キャサリンと知り合った。父方の祖父もドイツ人である。ブコウスキーが3歳の時に一家はアメリカに戻り、ロサンジェルスに暮らす。同世代の子どもたちからは「ドイツ野郎」とからかわれ、孤独で退屈な幼少時代をすごした。

ブコウスキーの父親は牛乳配達員の仕事をしていたが、自分ならもっとまともな職に就けるはずだという恨みや不満は厳しいしつけや冷酷な仕打ちとなって一人息子や母親にふりかかっていた。大恐慌の煽りをうけ、父親が失業すると、ブコウスキーはしばしば虐待の対象となった。自身の幼少期から青春時代までを描いた長編小説『Ham on Rye(日本語訳のタイトルは「くそったれ!少年時代」)』によれば母親は父に絶対服従しており、度重なる一方的な折檻についても「父さんはいつも正しいのよ」と息子に説明し、正当化していたようである。ブコウスキーはそのようにどこか歪んだ環境の家庭で育った。

五年生のとき、時の大統領ハーバード・フーバーがロサンジェルスを訪問したときのことを作文を書くと、先生は彼の文章を絶賛し、クラスみんなの前で発表した。しかしブコウスキーは実際には大統領の演説を見に行ったわけではなく、すべて空想で書いたものだった。後になってそのことを白状すると、先生は彼を叱るどころか、だから上手く書けているのだと褒めたたえた。ブコウスキーはこのとき「人は真実を求めているのではなく、上手く出来た嘘を求めているのだ」と気付き、自分は作家であるということを意識し始めたようである。

中学、高校と退屈な日々は何も変わらなかったが、高校生のときにひどいニキビに悩まされ、それは手術を受けるほど深刻なものだった。顔、身体を治療にあてるも腫れ物はいっこうにひかず、数十回にもわたる施術はブコウスキーの外見を醜いものへと変えてしまう。ブコウスキーは容貌への強烈な劣等感に苦しみながら多感な思春期をすごすことになった。

高校卒業後、デパートに就職するが仕事に興味が持てずに辞めてしまう。ロサンジェルス・シティ・カレッジに入学し、ジャーナリズムを専攻するも、この頃書いていた小説が父親に見つかり、タイプライターと原稿を庭先にばらまかれたことに激高し、家を出る。肉体労働をしながら酒を飲んではギャンブルに明け暮れ、喧嘩を繰り返しながら各地を放浪、無頼の日々を送る。マフィアのボスに気に入られ、仲間に誘われるなどしていた。しかしどんなに滅茶苦茶な生活でも作品は書き続けていた。

1952年ごろから郵便局で働き始める。同じ時期にミニコミ誌に詩を投稿するようになり、その雑誌の主宰者であったバーバラ・フライという女性と文通する。ブコウスキーは彼女に手紙でプロポーズし、55年に二人は初めて対面して結婚した。バーバラはテキサス州の富豪の娘で、ブコウスキーは郵便局の仕事を辞めてテキサスで暮らすが、三ヶ月後にはロサンジェルスに戻っている。バーバラとの結婚生活は57年まで続いた。

郵便局に再就職し(今度は12年間続けることになる)昼は働き夜に書くという生活が始まる。60年に最初の詩集が出版され、その二年後には第二詩集が出版された。この頃ニューオリンズで『ジ・アウトサイダー』という文学誌を作っている夫婦と知り合いになり、彼らの雑誌に作品を寄稿するようになった。また彼らの手で55年から書き溜めていた詩がまとめられ出版された。

63年に同じく詩を書いているフランセス・スミスと知り合い同棲を始める。翌年、二人の間に娘が誕生する。ブコウスキーにとってははじめての子どもだったが、彼女にとっては5人目の子どもだった。執筆は順調で、65年に出版した散文集のなかで初めてヘンリー・チナスキーというブコウスキーの分身ともいえるキャラクターが登場している。66年には寄稿家でもあったLCLAの学生がブコウスキーの詩を集めて作った『ファック・フェイト』というポエトリー・ペーパーがわいせつ文書だとして摘発を受ける。

ブコウスキーの名前が知れ渡るようになるのは、60年代も後半になってからだった。ロサンジェルスのオルタナティヴ・ペーパーの『オープン・シティ』にNote of a Dirty Old Manという連載コラムを書き始めると評判になり、単行本化されるとたちまち二万部が売り切れ、ドイツでも翻訳されて出版された。

70年、50歳のブコウスキーは15年勤務した郵便局を辞め、晴れて専業作家となる。郵便局を辞めた翌日から『ポスト・オフィス』という長編の執筆にとりかかり、わずか三週間で一気に書き上げた。



くそったれ!少年時代 (河出文庫)
チャールズ ブコウスキー
河出書房新社

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