2012-02-15

King Crimson『Islands』(1971年)


私が初めてクリムゾンを聴いたのは二十歳前後のときで、絲山秋子の小説『イッツ・オンリー・トーク』を読んだことがきっかけになったのだと思う。私は女性の書いたものは苦手で滅多に読まないのだが、絲山秋子のこの小説は本当に面白くて、読んだ次の日にはエイドリアン・ブリューという名前を検索してキング・クリムゾンというバンドについていくばくかの知識を得たのだった。もちろん、プログレって何?状態である。

小説のタイトルにもなっている「イッツ・オンリー・トーク」という曲が収録されたアルバムは『ディシプリン』であるのになぜか初めて買ったCDはあらかたの人と同じように『クリムゾン・キングの宮殿』である。ジャケットの顔がおそろしくて眺めていられず、寝るときはベッドのそばにすら置きたくないという恐怖を味わうことになってしまったのだが、聴いた時の衝撃というのがまさにあのジャケットと同じ顔をしていることに気付かされる。しかし不安だとか恐怖といったおぞましい内部の感情が剥き出しにされるような戦慄をおぼえながらも、私はクリムゾンの虜になってしまい次から次へとアルバムを聴いてしまったのである。1971年に発表された『アイランズ』はクリムゾンの4作目にあたるアルバムであるが、どうしてか一番最後に聴いたアルバムであった。そして私がもっとも好きなアルバムである。

好きと言った端から申し訳ないのだが、私はキング・クリムゾンというバンドの正体をほとんど知らない。唯一、顔と名前が一致するのがロバート・フリップという人で、ボウイのアルバムにも参加しているということを後に知ることになるのだが(私はボウイより先にクリムゾンを聴いていた)、メンバーチェンジを繰り返して、どの時期に誰が加入してバンドの形態がどのようなものであったのかというような背景はまったくわからない。国内盤の解説を読んでもさっぱりなのだからどうしようもない。けれど彼らの発表したどのアルバムを聴いても、そこにはキング・クリムゾンがキング・クリムゾンであることの軌跡がしっかりと音に刻印されており、おそらくこれはロバート・フリップという人の特質があらわれたまでにすぎないのだと思うのだが、小難しいプログレッシブ・ロックというジャンルにおいてピンク・フロイドとはまるで異なるバンドであることがど素人の私にもわかる。なぜだか私はクリムゾンのほうが圧倒的に好きなのだが、おそらく『宮殿』で聴いたサックスの音色が瞬時に私のなかでキング・クリムゾンというバンドの地位を決定付けたように思う。私はサックスの音色が大好きで、これは元吹奏楽部なのだから仕方が無いのだった。

前置きが長くなってしまったが、この『アイランズ』というアルバムはクリムゾン史上もっとも静謐で壮大な物語をうたった作品である。私はやはり文学をモチーフにした楽曲に惹かれる。この作品は、ホメロスの『オデュッセイア』とその『オデュッセイア』を下敷きにしたジョイスの『ユリシーズ』の世界がうたわれている。おそらく『オデュッセイア』を読んだ人間であれば、1曲目の「Formentera Lady」と2曲目の「Sailor's Tale」がホメロスの『オデュッセイア』の物語をいかに忠実に描きだしているかわかるだろう。もちろんなにも彼らは叙事詩を忠実に表現したわけではないのかもしれないが、弓弾きベースの音色にはじまる10分を越えるこの曲は、トロイア戦争に勝利したオデュッセウスが故郷のイタケを目指して船出する場面から、穏やかな波に揺られながらの航海を経て、セイレンという人魚の魅惑の歌声を切り抜けたシーンを見事にあらわしている。そして「Sailor's Tale」の一転した激しいビートにはオデュッセウスが荒波に揉まれる姿がおのずと浮かぶのである。

3曲目の「Letters」と4曲目の「Ladies Of The Road」はジョイスの『ユリシーズ』が舞台になっている。『ユリシーズ』は1904年6月16日(ジョイスが駆け落ちした?日とも言われている)のダブリンにおける一日を様々な文体を駆使して書かれた長編小説で、日本語訳を最後まで読むとなるとこれがとてつもない労力と時間を要する小説なのだが、作家を志すスティーブンという若者と、広告取りの仕事をしているブルームという中年男性が主人公である。朝の8時から午前2時まで、二人がダブリンの町を行ったり来たりして、そこで起こった出来事が描かれている。「Letters」で扱われる内容は、ブルームが妻に内緒で文通している女性から届いた手紙をモチーフにしていると思われる。朝届いた手紙のなかで、奥さんはどんな香水をつけているのかとたずねられ、ブルームは一日中その手紙について考えている。「Ladies Of The Road」はスティーブンが仲間とともにおとずれた娼館での幻覚のシーンが下敷きになっているのかもしれない。歌詞をみると、登場する女性たちがグルーピーに置き換えてあるようだ。




わたしがこのアルバムのなかでもっとも好きなのが「Prelude:Song Of The Gulls」(プレリュード:かもめの歌)である。これまでの物語をすべて洗い流すかのような美しい旋律はまさに癒しともいえる曲で、初めてクリムゾンを聴いたときの印象とはまるでかけ離れたものであるのだが、こういった繊細な側面を持ち合わせているからこそキング・クリムゾンというバンドは一点の曇もない完璧な空気を作り上げ、攻撃的な音を放ちながらも脆くあやうい存在なのであり、私はクリムゾンが、このアルバムが大好きなのであろう。


アイランズ(紙ジャケット仕様)
キング・クリムゾン
WHDエンタテインメント (2006-02-22)

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