2012-02-07

私がはじめて心を奪われ陶酔した映画、ジェーン・カンピオン監督の『ピアノ・レッスン』(1993・オーストラリア)



昨日の雑文でも少し触れたのですが、私がはじめて映画というものに日常を掻き乱されるほど心を奪われ、陶酔したのは1993年のオーストラリア映画、ジェーン・カンピオン監督の『ピアノ・レッスン』でした。日本初公開時はまだ中学に上がる少し前、12歳だったものの、当時の反響というかブームのようなものは生意気にも感じとっていたように思います。しかし映画を観たいと思ったわけではなく、映画の公開直後に車のCMかなにかで使用されていた「楽しみを希う心」というピアノの曲を一度聴いただけでとても気に入ってしまい、このあたりは記憶が前後してあまりよく覚えていないのですが、吹奏楽の部活の合間に先輩が出だしの部分をちょっとだけ弾いていたことがあって、先輩に聞いたのか自分で調べたのか何かのきかっけで知ることができたのかわかりませんが、CMの曲が映画『ピアノ・レッスン』のテーマ曲であることをつきとめると、さっそく楽器屋さんに行って母親に楽譜を買ってもらいました。母親にしたところで、どんな内容なのかもわからない映画のピアノスコアを欲しいと娘にねだられ妙な感じだったと思います。

楽譜の表紙はセピア色の感傷的な雰囲気で、天使の羽根を背負った子役のアンナ・パキンの後ろ姿が大きく載っていました。そして海辺に置かれた一台のピアノの隣に主人公である女性が凛とした佇まいで視線は海よりずっと遠くのほうを見つめている。映画のあらすじのようなものは載っていなくて、白黒の写真がいくつか、そのシーンの説明が書いてありました。当時はあまり映画の内容には興味がなく、せっかくの写真もちらっと眺めた程度で、大好きなあの曲だけを弾くことに夢中になりました。「楽しみを希う心」のほかにも劇中で使用された5つの曲が載っていたのですが、「楽しみを希う心」は主題曲なのになぜか最後の最後のページで、そこだけをひたすら弾いていました。当時はピアノを習っていたのですが、母には変な曲ばかり弾いていないでピアノのお稽古の練習をしなさいと注意されたり、同じメロディーの繰り返しでつまらない曲、などと文句というか嫌味を言われたりしましたが、とにかく大好きな曲で一日中弾いていても飽きないといったぐあいでした。今でも暗譜できている数少ない曲のひとつになっているのです。

『ピアノ・レッスン』との馴初めはこのように音楽が入り口だったわけなのですが、肝心の映画のほうを観たのはなんと7年後のこと。19歳のときでした。たまたま中古屋さんでVHSを見つけたのです。その頃は上京して一人暮らしをしていたので、大学に行きながらほとんど好き勝手に寝起きしていたのですが、『ピアノ・レッスン』は深夜に部屋の明かりを消してひっそりと観ました。大好きなあの曲がどんな場面で使われているのか、ストーリーは知らないも同然なので期待と興奮が入り混じった不思議な気分でした。楽曲が素晴らしいのは十分知っていたつもりでしたが、映像をまじえるとさらに壮大な物語が広がっていくのが素晴らしく、もはや疑いの余地もなくこの映画を好きになりました。自分のなかでひそかに構築していた『ピアノ・レッスン』の世界観がまったく壊れることもなく完璧な、さらにそれの上をいくような、素晴らしい作品!映画という芸術作品に対してまったく知識も免疫も持たない私には難解な部分もあったけれど、主人公がピアノを弾いているシーンはどれも心に訴えるものがあって、言葉では言い表せないような感情が私のなかで熱を持っているのがわかった。おそらく12歳、リアルタイムで観ていたとしたら、ひょっとしてなにひとつ好きになれない映画だったかもしれない。たまたまそういう機会に恵まれていたということも、単純な私はこの映画に運命めいたものを感じてしまっていた。

雨ばかり降っている泥にまみれたニュージーランドの大自然と先住民の素朴さ、浜辺に取り残された雨ざらしのピアノというどこかアンバランスな構図、ホリー・ハンターのおぞましいほどの美しさ、撮影当時10歳か11歳だったというのアンナ・パキンの存在感(たしか私と同年齢)、虚しすぎる男前のサム・ニール、変わり者のオッサンなうえコワモテは風貌なのに不倫相手役へと飛躍してしまうハーヴェイ・カイテル。まだ小娘の私にはこの配役が納得いかなかったのだけれど、今ならば判るような気がしております。ほんとうに大好きで大好きで、昼夜問わず時間があれば何度もビデオを観ていました。ちょうど近所の図書館に原作本が置いてあったのでそれを読み耽り、中古屋さんでパンフレットとシナリオを入手して、19歳の秋から冬にかけて私はどっぷりこの映画に浸っていました。それだけこの映画との出会いは強烈なものだった。すべてが静謐ななかに、煌々と燃ゆる炎のようなホリー・ハンターの内面演技がこの映画のすべてで、浜辺でピアノを弾くシーンはいつ観てもきれいでうっとりしてしまう。劇中のピアノを弾くシーンは彼女が実際に弾いているということも知ってさらに感動が増し、音楽を担当したマイケル・ナイマンが事前に彼女のピアノの腕前をチェックしたり、指のサイズを測ったり、映画のためにではなく彼女のために作曲したというエピソードにも感涙であります。この作品ですっかりホリー・ハンターのファンになり、彼女の出演作をチェックするようになるのですが、この作品を原点に映画に対する個人的な想いをめぐる夢のような時間がはじまったように思います。こうして書いていたら、久しぶりに『ピアノ・レッスン』が観たくなって仕方がないのですが、本編についてはいつかまた触れられたらと思います。


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4 件のコメント :

  1. 思えば高校当時ほとんど映画を見なかった自分が『ピアノ・レッスン』のサントラを手にしてしまったのも、
    あの「楽しみを希う心」という曲をどこかで(多分なかこさんと同じCMで)聴いていたからに違いないのですが、
    曲が好きすぎて映画に手を伸ばすのが数年後の大学時代になってしまったというのも、
    (僕にとってはとても珍しいことに)映画の出来が想像以上に素晴らしく美しく、美しいだけでなく凄い衝撃を受けたというのも一緒と言うか、
    あぁ他にも同じような人がいるんだな・・・
    と不思議になってしまった次第です。

    ちなみにあの頃はこの曲のおかげですっかりピアノ好きとなり、
    ポール・マッカートニーとかベン・フォールズ・ファイブとかエルトン・ジョンとかレオン・ラッセルとか、
    ピアノロックばかり聴き漁っていたのを思い出しました。

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    1. 私は「希う」が読めなくて国語の授業中に辞書を引いた覚えがあります(笑)
      おそらく映画の内容よりあの曲を知っている人は多いでしょうね。想い入れが強すぎると躊躇してしまうのも、がっかりする度合いが大きいだろうというのも凄くわかります。でも、ぐっどさんも私もそうならなかったのは、あの映画は映像と音楽と役者と、すべてのバランスが完璧だったとも言えるのでは...?と、褒め過ぎでしょうか(笑)今でもたまに事前情報もなく映画を観ていて、おっ、この曲なんかすごいインパクトだぞ思うとマイケル・ナイマンだったりするんですよネ。
      わざわざクラシック畑にいかずピアノロックに傾倒するあたりがぐっどさんらしいです。

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  2. はじめまして。検索でたどりつきましたが、私も大好きな『ピアノ・レッスン』についてこんなに思い入れを込めて書かれた記事に出会えて嬉しく思いました。指切りシーンが受け付けられずに、この作品が苦手な方が意外と多いのが残念で、自分なりにこの映画の素晴らしさについて私もブログでつたない文章ですが書いてみましたので、ご興味がおありでしたら是非お読みください。http://blog.livedoor.jp/koredakecinema/archives/5116555.html

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    1. 日向子さま、はじめまして。コメントありがとうございます。極私的な想いを綴った記事ですが、同じ映画を好きな方にそのように言っていだだけると本当に嬉しいです。そうですね、オスカーで話題をさらったわりには苦手な方も多いと聞きますが、万人に受け入れられる映画だけが素晴らしい映画とは限らないので、個人的な想いを投影しながら宝物と呼べるような映画にこれからも出会えたら良いなと思っています。

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