2012-01-17

亡きアンドレ・バザンの思い出に、トリュフォー、大人は判ってくれない

ついこのあいだ、二十歳の恋について書いた記事のなかでトリュフォーの少年時代について少し触れたと思うのですが、今日はその続きと映画『大人は判ってくれない』について、以前Amazonに投稿したレビューに加筆していきます。 トリュフォーの人柄と、映画にまつわる様々なエピソードを知っていくうちに想い入れの深い映画となってしまい、YouTubeで「タララララン」というオープニング曲を聴いただけでも涙腺が緩んでしまう。永遠の少年像を世界に焼きつけた、トリュフォーによる最初のもっとも美しい映画です。




亡きアンドレ・バザンの思い出に—


トリュフォーの長編第一作目であるこの映画は、「亡きアンドレ・バザンの思い出に」という献辞ではじまる。アンドレ・バザンは映画評論家であり、問題児であったトリュフォーを映画の場所に導いた人生の師であり、トリュフォーはのちに彼を「精神的父親」とよんだ。

二人の出会いはこうであった。トリュフォーは「セルクル・シネマーヌ(映画中毒者集会)」という名のシネクラブをつくったばかり、バザンは「ラ・シャンブ ル・ノワール(暗闇の部屋)」というシネクラブを主宰していた。ある日、バザンの前に一人の生意気そうな少年があらわれ、映画の上映後、えんえんとやりあった。バザンは若い連中が生半可な知識でつっかかってくることに慣れていたが、少年の映画へののめりこみようが尋常ではないことがすぐにわかった。特にアメリカ映画に対する知識と熱意には圧倒されてしまったという。一方トリュフォーは、最初はライバル気取りで、同じ界隈で別のシネクラブがやられては困るというので、上映会の日程を変更して欲しいと文句をつけにいったのだが、映画の話をしているうちに意気投合してしまったのである。トリュフォーは16歳になったばかり、バザンは30歳であった。

知り合って間もなく、実の両親によって少年鑑別所に入れられたトリュフォーを心配し、周囲にかけあって救い出したのがバザンであった。さらに三年後、トリュフォーが失恋の痛手に耐えきれず突発的に入隊を決意し、脱走を繰り返したときも、四方八方に手を尽くして軍刑務所から救い出してやったのもバザンであった。

バザンは軍刑務所から釈放された二十歳のトリュフォーを自宅に住まわせ、情緒不安定を改善させ社会復帰させるために、すべての神経、精神を映画に向けさせるよう導いていった。バザンの指導で大量の小説や映画の本を読み漁ったトリュフォーは多くの言葉を書き留め、やがて「フランス映画の墓堀人」といわれるまでに辛辣な批評を書くようになるのである。

大人に見放されて育ったトリュフォー少年が出会った、人生ではじめて心から信頼して尊敬できる大人、それがアンドレ・バザンなのだった。しかしこの『大人は 判ってくれない』がクランクインをむかえた当日、悲運にもバザンは亡くなってしまったのである。40歳という若さだった。バザンがいなければ、間違いなく映画監督トリュフォーはこの世にいなかっただろう。




この映画を初めて観たとき(当時はこれが自伝的映画だということも、トリュフォーの複雑なバックグラウンドも全く知らなかった)確かに色々と感じたことはあったのだけれど、主人公のアントワーヌがかわいそうだとか、ひどい両親だとか、そんな単純で陳腐な言葉ではとうてい表現できない感情に、私はずいぶんと考え込んでしまったのであった。

これはいつの時代に誰が観ても「そりゃないよ」という物語だからだ。親の愛情に疑問を持った少年が、居心地の悪さから家出を繰り返した挙げ句、素行が悪くて手に負えないことを理由に両親の手で少年鑑別所に入れられる。鑑別所に母親が迎えにきたかと思ったら、家に戻ってもお前の居場所はないから勝手にしなと言って突き放される。さらに不思議なのは、このアントワーヌという少年は、今の感覚からすれば不良とは到底言えそうもない、世間から不良のレッテルを貼られた孤独な少年にすぎないではないか。

おそらくアントワーヌにしたところで、自分に無関心な両親に対して「そりゃないよ」と思っていたはずなのだ。けれど「そりゃないよ」と思っていても、アントワーヌには成す術がない。「お母さんが死んだ」と縁起でもない嘘をついて両親を怒らせるわけだが、それはよく子供が親の気を引くためにするようないたずらではなく、両親とのあいだに波風を立てないようにするための最小限の自己防衛でしかない。この思わず笑ってしまうような嘘をつくシーンは、実はトリュフォー自身が映画を観に行って学校をさぼった翌日、担任の教師になぜ休んだのかと追求されて、思わず「父親がナチに捕まった」という嘘をついたという記憶に基づいている。そのあと大騒ぎになり、結局トリュフォーは家出し続けるはめになった。


この映画は『大人は判ってくれない』という邦題があてられているが、子供の気持ちを判って欲しいというような主張は、私にはほとんど感じられないのである。もちろんこの映画はトリュフォー自身の不遇の少年時代をモデルにしたものであるから、作家の意図を汲み取るのは比較的簡単なことだろう。しかし、この作品から大人に対する怒りや憎悪という感情が果たして読み取れるだろうか。トリュフォーはおそらく個人的な感情だけで映画を撮ることを嫌っただろう。アントワーヌ役のジャン=ピエール・レオーに幼い日の自身を重ねたかもしれないが、なによりも映画を撮る喜びを一番に見出していたはずである。トリュフォーが子供に向ける眼差しというのは、親に愛されたことのない幼少時代の記憶を呼び起こすものではなく、映画を撮る喜びに結びつくものだと私は思うのだ。

この映画が大人に対する怒りを作り手が一方的にぶつけたものでなく、思春期の少年の揺れる気持ちをそのまま描くだけに留まっているのは、アンドレ・バザンというはじめて心から信頼し尊敬できる大人に出会ったトリュフォー少年が「人を愛することのやさしさ」を見出すことができからではないか。だからこの映画は、大人を非難するようなお説教じみた雰囲気もなければ、親に見捨てられたかわいそうな子供がいたら救いの手を差し伸べてあげてくださいというような、観客の同情を煽るための物語ではないのである。あるのは自分を脅かす存在の大人や世間に対して叫ぶ声も持たない弱い立場にある子供の等身大の姿、どうしようもできない感情だ。ラストシーンの、鑑別所から逃走して海辺にたどりついたアントワーヌの表情がまさにそれを物語っているのではないだろうか。

その後、アントワーヌはどこへ向かうのか。トリュフォーはこのあと、当時世界的にも例を見ないシリーズものを撮ることになる。俗に「ドワネルもの」と呼ばれるこのシリーズは、20年の歳月にわたりアントワーヌの人生を追いかけ、アントワーヌを演じたジャン=ピエール・レオーの成長とともに描かれることになる。

アントワーヌ・ドワネルはトリュフォー亡き今も、この映画を愛する多くの人間の人生の一部に生き続けていることでしょう。トリュフォーとアンドレ・バザンの思い出とともに。



私はこれを見たくなった時にいつもレンタルで借りて観ていたのですが 、去年の春ごろにこの『大人は判ってくれない』とジャック・リヴェット傑作選の3本がレンタル屋のわずかなスペースでの扱いとなっているアート系の、フランス映画のタイトルがまとまって置かれた棚からごろっと消えてしまいました。場所移動でもなく、もうずっと見かけないので他店に貸し出しているわけでもなさそうだし、単品で購入するにも高値で、次に発売になるとしたらブルーレイ(日本盤で欲しい)だと思うのですが、その発売を待ち望んでいる次第でございます。そろそろ出ても良さそうだけどなあ。それにしても『大人は判ってくれない』が置かれていないレンタル屋ってのもなんかねェ...リクエストを出すと他店から取り寄せてくれたり場合によっては購入までしてくれたりするので良心的な店ではあるのですが。でもリヴェットまで消えてしまったのもショックですし、それではなぜゴダールだけは同じタイトルのものが旧盤と高画質廉価版と両方置いてあるんだろう。


大人は判ってくれない
製作年:1959年 製作国:フランス 時間:97分
原題:Les Quatre Cents Coups
監督:フランソワ・トリュフォー
出演:ジャン=ピエール・レオー ほか


フランソワ・トリュフォーDVD-BOX「14の恋の物語」[I]
角川エンタテインメント (2009-03-27)

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